都市の空気を変える動きが、政策の最前線に浮上している。2035年を目安に、大都市でのガソリン車の走行を絞り込む構想が静かに加速し、環境と産業のバランスを探る議論が広がる。移行の行方は、交通だけでなく、暮らしと電力の設計図をも塗り替えるかもしれない。
背景と狙い
日本は2050年カーボンニュートラルという国家目標を掲げ、2030年の温室効果ガス削減も前倒しで進める。都市の大気汚染やヒートアイランドへの対策として、排出源である車両に焦点を当てるのは自然な流れだ。
欧米で広がる低排出ゾーンや新車規制に歩調を合わせ、国内市場の電動化を加速させる狙いもある。自動車産業の競争力を保ち、部品サプライチェーンの転換を促すために、都市から需要の土台を築く発想だ。
「『移行は不可逆だが、拙速は禁物だ』という声が根強い。『現実に即した段階が必要だ』という認識は、広く共有されつつある。」
想定される制度デザイン
骨子としては、中心部を起点にしたゾーニングが想定される。基準を満たさない車両の流入を控えさせ、時間帯や用途で柔軟に運用する方式だ。緊急車両や福祉輸送などの例外も重視される。
- 低排出ゾーンの段階設定、基準の年次強化、商用車の特例と更新支援、混雑課金やナンバー規制の併用、居住者・小規模事業者の経過措置
「『誰も取り残さない制度設計が要る』という指摘は、自治体でも業界でも共通している。」
産業と消費者への影響
自動車各社には、電動車の原価と供給を同時に改善する圧力がかかる。電池の国産やリサイクルの強化、ソフトウェアの内製化など、競争軸は一段と変わる。軽自動車や商用バンの電動化は、都市の実務に直結する。
消費者には、中古車の価格や税制の見直しが響く。充電のアクセス、駐車場の設備、保険の評価など、日々の利便性が支持を左右する。「『充電が不安なら、規制は支持されない』」という実務的な懸念は重い。
一方で、郊外や地方の移動権を守る仕組みも重要だ。公共交通の補完やカーシェアの拡充、長距離に向くハイブリッドや燃料電池の位置づけを、用途で巧みに分ける必要がある。
世界の動きとの比較
各地域でアプローチは異なるが、目標年は近い。以下の比較表は、政策の焦点と適用範囲を示す。
地域/制度 | 主な内容 | 目標年 | 適用範囲 |
---|---|---|---|
日本(検討中) | 都市内でのガソリン車の走行制限、低排出ゾーン、例外規定 | 2035 | 大都市の中心部 |
欧州連合(EU) | 2035年以降の新車は実質ゼロエミッションのみ | 2035 | 加盟各国の新車販売 |
英国 | 新車の純内燃販売終了、ハイブリッドは一定条件 | 2035 | 全国の新車販売 |
カリフォルニア州 | ZEV販売100%(ACC II) | 2035 | 州内の新車販売 |
中国 | NEV普及の国家計画+都市のナンバー規制 | ~2035 | 大都市+全国目標 |
各地の教訓は明瞭だ。販売規制だけでなく、充電網と価格の三位一体が成功の鍵。規制を進めるほど、支援の設計が問われる。
インフラと電力の課題
充電器の設置速度がボトルネックになりやすい。集合住宅の合意形成、街区の配電容量、深夜料金やV2Gの普及など、制度と技術の両輪が欠かせない。急速充電と普通充電の棲み分けも要所だ。
電力面では、再エネの比率を高めつつ、系統の安定化を図る必要がある。需要応答や蓄電を組み合わせ、ピークを平準化することで、走行の脱炭素が実質化する。水素や合成燃料の役割も、長距離や重輸送で残る余地がある。
今後の注目点
まずは都市ごとの実証で、渋滞や排出の効果を測る段階が来る。2026年前後にパイロット、2030年に中間レビュー、2035年に本格化というロードマップが現実的だ。評価指標を明確にし、透明性を高めることが信頼を生む。
「『選択肢を増やす移動なら、規制は負担ではなくサービスになる』」。利便と環境を同時に上げる設計ができれば、都市はより静かで、よりクリーンになる。
最後に、重要なのは段階的で予見可能なシグナルだ。家庭も企業も、次の一手を描けるとき、移行コストは下がり、社会は確実に前へ進む。